基本情報
| 観光スポット名 |
朝鮮王陵
チョソンワンルン
조선왕릉
Joseonwangreung
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アクセス
| 住所 |
ソウル・ソウル近郊
서울 ・서울근교
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詳細情報
朝鮮王陵は朝鮮王朝の建国(1392年)から滅亡(1910年)までの27人の王と王妃、追尊(死後に王の称号を与えること)された王と王妃の墓です。韓国の歴代王朝の王陵の中で保存状態が最も良く、一つの王朝の墓全体が完全に保存されている事例は世界的にも珍しいといえます。これは、朝鮮王朝が儒教を統治理念として先祖への尊敬と崇拝を重要と考え、歴代の王と王妃の陵を厳格に管理してきたため、42基の陵は、どれも損傷を受けたり破損することなく、すべて造営当時の場所で完璧にされています。そのため、一つの王朝の墓全体が完全に保存されているのは世界的にも珍しいとして、2009年6月、ユネスコ世界文化遺産に登載されました。但し、燕山君、光海君の廃位された二人の王の北韓にある齊陵と厚陵は朝鮮王陵には含まれません。風水地理によって定められた朝鮮王陵(左の地図はユネスコ世界文化遺産に指定された朝鮮王陵分布図) 朝鮮王陵の象設できる限り最小限の人工的な施設のみを設置しました。その形態は稜墓で定期的に行われる各種祭祀をスムーズに遂行するためのもので、時間の経過とともに一定の形式を備えるようになりました。王陵の近くには祭礼を準備するための齋室という建物ががあります。齋室を過ぎ、林道に沿って歩いて行くと石橋にたどり着きます。陵域を象徴する紅箭門を通過し、稜域の中心部に入ります。土を丸く盛り上げた墓(陵寝)の前には、石で作ったさまざまな動物や文人石・武人石(文官や武官の形に作った石)などが、まるで王陵を守っているかのように備え付けられています。朝鮮王陵は、このような基本的な構成を維持しつつ、地形や時代背景などによって少しずつ変化してきました。
王陵を建てる際は、なるべく本来の地形を壊さないように、地形の許す。斎 室:陵の祭祀に関する全ての準備をする場所で、王陵を管理する陵参奉が常住 していた。また祭祀の時には王の休憩所にもなった。 禁川橋:王陵の禁川を渡る橋で、俗世と聖域の境界線の役割をする。 紅箭門:神聖な地域の印となる門。朱塗りの円柱2本を立て、上には箭(矢)がはめ こまれてる。紅門または紅箭門という。 参 道:紅箭門から丁字閣へつながる道。薄石を敷き詰めてあり、左側のやや高い 道は神が通る道と言う意味で「神道」と言い、右側のやや低い道は王が通 る道と言う意味で「御道」と言う。 碑 閣:碑石や信徒碑が立つ所。信徒碑は、陵主の功績を記した碑石をいう。 丁字閣:陵の祭祀を行う丁字形の建物。 武人石:文人石の下に位置し王を護衛している。両手に長剣を持ち、威厳ある面持 ちで立っている。 文人石:長明燈の左右にあり、両手に笏を持っている。 陵 寝:陵の主人が眠っている場所。陵上ともいう。 曲 垣:封墳を保護するために封墳の東・西・北の三方囲んでいる塀。 魂遊石:祭祀の時、陵の主人の魂がが戻って着た時に遊ぶ場所。 斎室 紅箭門 参道 碑閣 丁字閣 丁字閣内部 曲垣(一番外側の塀・1931年 英陵) 文人石 武人石 石虎 石羊 石馬 都会の中のオアシス、宣陵・靖陵宣靖陵は、宣陵と靖陵の略称で、一般的には宣陵と呼んだりもします。宣陵は朝鮮王朝9代目の王(成宗)の墓で、靖陵は、韓国ドラマ「チャングムの誓い」で知られた朝鮮王朝11代目の王(中宗)の墓、そして成宗の3番目の側室であり中宗の母(貞顯王后)の3つの墓があることから三陵公園とも呼んでいます。朝鮮時代の王の墓としてはソウルの都心に一番近い所にあると言えます。ここ宣陵は、中は公園のように散歩道もあって、大都会ソウルのど真ん中に“よくこんなところがあるなぁ”と思うくらい静かな時間が流れています。昔と現在が共存するような雰囲気を感じることができ、ゆっくりと1時間くらい散歩する感覚で、朝鮮王朝の王陵の雰囲気を感じてみましょう。 (もっと見る) 朝鮮王朝のリスト
ハングルを作った第4代王世宗と第17代王孝宗が眠る王陵 英陵・寧陵韓国の人たちから李瞬臣と並んで絶大な人気を誇っている朝鮮王朝第4代王・世宗大王と后昭憲王后が、いっしょに祭られてるお墓を英陵と言い、第17代王・孝宗が祭られてるお墓と、その后、仁宣王后のお墓ふたつを合わせて寧陵と言います。そして、その英陵、寧陵を二つ合わせて英寧陵とも呼ばれています。世宗大王は。ハングル(訓民正音)の制定を行ったことが、とても有名で、その他にも人々が必要とする、いろいろな道具を造り出したりもしました。儒教の理想とする王道政治を展開したとされ李氏朝鮮の歴代君主中もっとも優れた君主とされています。また孝宗は、長い間、人質として清に滞在していた王です。王位についてからは、北伐の計画を強力に推し進めた王として知られています。 (もっと見る) |

