基本情報
| 観光スポット名 |
慶基殿(全州)
キョンギジョン
경기전(전주)
Gyeonggijeon
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| 電話番号 | 063-287-1330 |
アクセス
| 住所 |
全羅北道 全州市 完山区 豊南洞 3街 102
전북 전주시 완산구 풍남동3가 102
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詳細情報
『慶基殿』は朝鮮王朝の始祖、李成桂(イ・ソンゲ)・太祖(テチョ)の肖像画を奉るために太宗10年(1410年)に建てられました。しかし、文禄・慶長の役の際に焼失してしまったため、1614年に現在の『慶基殿』が再建されました。正面一番奥の“真殿”には李成桂(太祖)の肖像画が奉られ、“肇慶廟”には全州李氏の始祖の李翰夫婦の位牌を安置されています。また、太祖をはじめ純宗、哲宗、英祖など歴代の朝鮮王の肖像画や高官が使用した人力車、位牌を移動する際に使われた神輿などが展示されている“御真博物館”や朝鮮時代の両班屋敷、倉、庶民の家などを再現したスペースなどいろんな物があるので見ごたえたっぷりです。そして、朝鮮時代の面影を偲ぶことが出来る風格ある佇まいのため、歴史ドラマの撮影地としても使われドラマ「宮」や「明成皇后」なども、ここで撮影されました。全州韓屋村のシンボル的存在・『慶基殿』『慶基殿(キョンギジョン)』は、全羅北道(チョンラブッド)全州市(チョンジュシ)の南東に位置している『全州韓屋村(チョンジュハノクマウル)』の中にどーんと構えています。『慶基殿』の前の道・太祖路を挟んで向かいに殿洞聖堂があり、太祖路をそのまま真っ直ぐ進んで行くと梧木台にたどり着きます。全州韓屋村の中には全州郷校(チョンジュヒャンギョ)、そして宿泊や文化体験ができる学忍堂(ハギンダン)・同楽園(トンナグォン)などがあり、また近くには、全州で唯一残った城門である豊南門や全州で一番大きい市場の南部市場が、すぐそばに位置しています. ![]() 正殿(チョンジョン)正殿 慶基殿正殿(キョンギジョンチョンジョン)は朝鮮王朝を建てた太祖(テジョ)・李成桂(イ・ソンゲ)の御真(オジン:肖像画)を保管しているところで、太宗(テジョン)10年(1410)に建てました。太祖の肖像画を保管する建物は元々、開城(ケソン)・永興(ヨンフン)・全州(チョンジュ)・慶州(キョンジュ)・平壌(ピョンヤン)など五ヶ所にありましたが、慶基殿の正殿を省いた残りは文禄の役(1592年)の時全て焼けてしまいました。慶基殿正殿も慶長の役(1597年)の時に焼けてしまいましたが、光海君6年(1614)に再び建て、回廊を置いて最高の祠堂であることを示しました。慶基殿の入口には馬から下りる場所を表示した下馬碑、赤く塗られた紅箭門、內三門・外三門そして肖像画を奉る殿閣で構成されています。 正殿内部 外三門 外三門の梁部分 下馬碑 肇慶廟(チョギョンミョ)肇慶廟(チョギョンミョ)は、全州李氏の始祖である李翰(イ・ハン)夫婦の位牌を奉った祠堂です。李翰は新羅の時「司公(都城を積み直す仕事を受け持った官庁のひとつの官職)」という高い官職を務め、その婦人は慶州金氏です。朝鮮を建国した太祖・李成桂は李翰の21代下の子孫です。肇慶廟は朝鮮英祖(ヨンジョ)47年(1771)に建てて李翰夫婦の位牌を奉安しました。その後、哲宗(チョルジョン)5年(1854)に慶基殿と一緒に補修し今の姿に整えました。肇慶廟は慶基殿と共に全州が朝鮮王朝の発祥地であることを象徴するところとなっています。 全州史庫(チョンジュサコ)全州史庫 朝鮮王朝実録保全紀績碑韓国は高麗時代から春秋館と藝文館を常設して仕官を置き、毎日の出来事を記録し時代ごとの歴史を編纂したものを実録といい、特別に設置した史庫に奉安してきました。朝鮮王朝で実録を初めて編纂したのは、太宗9年(1409)から太宗13年(1413)までの4年間の太祖実録15巻でした。その後、世宗8年(1426)に正宗実録6巻を編纂し、そして世宗13年(1431)太宗実録36巻を編纂した後、太祖・正宗・太宗の三朝実録を各2部ずつ謄写し1部はソウルの春秋館、1部は忠州史庫に奉安しました。しかし2部だけの実録だけでは心配なので、世宗27年(1445)に再び2部を謄写し、全州・星州に史庫を新設し各1部ずつ分蔵しました。宣祖25年(1592)文禄の役の時、春秋館・忠州・星州の3史庫の実録は全て消失され、唯一全州史庫の実録が兵火を免がれることができたのでした。これは孫弘祿・安義などが実録を內藏山の龍窟庵に移安、死守したためでした。全州史庫には実録784巻614冊47櫃、その他典籍が64種556冊15櫃が奉安されていました。1597年文禄の役の時実録閣は消失しましたが、1991年これを復元し、朝鮮王朝実録(国宝代151号)は1997年ユネスコ世界記録文化遺産に指定されました。 御真博物館(オジンパンムルグァン)御真博物館は太祖御真(肖像画)の全州の奉安600年を迎えた2010年11月6日に開館しました。ここには宝物第931号である太祖御真を始めとし世宗・英祖・正祖・哲宗・高宗・純宗など歴代の朝鮮王の御真(肖像画)を展示しています。また太祖御真を奉安する際使用されたさまざまな神輿(シンヨン)・高官が使用した駕轎(カギョ)などと共に慶基殿の関連した物などが展示されています。 太祖御真 世宗御真 英祖御真 正祖御真 哲宗御真 高宗御真 純宗御真 太祖実録 世宗大王実録 慶基殿の付属寨①守僕庁(スボッチョン) 慶基殿の祭祀に関する事を受け持つ下級官員が守っているところです。住まいの母屋と同じ形式ですが主に大きな事がある時、行事を準備するために一定期間の間臨時に居住するところです。「世祖実録8年8月6日条」によれば全州慶基殿に守僕の数が官奴1名、良民18名が交代で守ったといわれています。 ②慶徳軒(キョントッゴン) 慶基殿一郭を守る守門軍が業務を行うところです。「慶基殿儀」に守門将庁を甲子年(1444)に新設し、乙丑年(1445)に竣工したとされています。慶徳軒は守門将庁の堂号です。 ③馬庁(マチョン) 慶基殿の儀式や役人の交通手段に使用するために馬庁を置き、特に朝廷から儀式に参与するために来た役人の馬を置いておくところでした。全州博物館所蔵の古地図には馬庁の絵がなく、以後制作された肇慶廟慶基殿図形には馬庁が描かれています。 ④西斎(ソジェ) 祭祀をするため建てられた家で斎閣とも言い、祭官の斎戒儀拭をするための場所です。斎戒儀拭は祭祀に臨む前に体と心をきれいにし、神を迎える準備をする儀式です。 ⑤東斎(トンジェ) 祭祀をするため建てられた家で斎閣とも言い、祭官の斎戒儀拭をするための場所です。斎戒儀拭は祭祀に臨む前に体と心をきれいにし、神を迎える準備をする儀式です。 ⑥祭器庫(チェギゴ) 在郷の時使用する各種祭器、器物、器具などを保管する場所です。祭器は一般の器と違い、小ぎれいで神々しい物で別の建物に保管していました。大概祭器庫と同じ建物は床を板の間で造りました。板の間は地面と分離されていて湿気なく、器物を保管する時適合しています。 ⑦御井(オジョン) 王の食事を作るときや王が飲む水を蓄える井戸を言い、宗廟や土地の神や五穀の神をまつった祭壇など王が参与する祭祀に使用する井戸も御井と言います。太祖・李成桂の肖像画を奉った慶州の集慶殿、平壌の永崇殿、全州の慶基殿の井戸も御井と言います。御井はきれいで神聖に取り扱うために周囲を塀で囲み、門を設置して厳粛に取り扱われていました。 ⑧舂室(ヨンシル) 祭需用の食事を作る精米所です。ここには踏み臼とつき臼を置き、慶基殿の祭礼に使用される食事を作る所で慎んで仕え、神聖な場所とされているところです。祭需準備の動線上、造餅庁や典祀庁と隣接していなければならなく周辺に不吉な施設があってはいけないところです。 ⑨典祀庁(チョンサチョン) 国の祭祀に祭需準備と食べ物を供えるお膳を用意する事を担当する典祀官が、執務をしながら祭祀準備をするところです。 ⑩造餅庁(チョビョンチョン) 造餅庁は餅や油蜜、茶食(澱粉・大豆・松の花粉・栗・黒胡麻などを粉にして蜂蜜でこね、さまざまな型で押し出して作った韓国固有のお菓子)などの祭祀の食べ物を作り保管する場所です。国朝五禮儀に陳殿の饌実は、中朴桂・紅白饊子茶食・果物・餅・湯(スープ)などを使用したとされています。 ①守僕庁(スボッチョン) ②慶徳軒(キョントゴン) ③馬庁(マチョン) ④西斎(ソジェ) ⑤東斎(トンジェ) ⑥祭器庫(チェギゴ) ⑦御井(オジョン) ⑧舂室(ヨンシル) ⑨典祀庁(チョンサチョン) ⑩造餅庁(チョビョンチョン 『慶基殿』は、見どころがたっぷりな上に、入場料が無料ときています。“全州韓屋村”を訪れる際は是非、朝鮮王朝を感じられる『慶基殿』に立ち寄って見てはいかがでしょうか。 |

